く心細い気もする。
「少々はほかの女のひとにも何とか言われるんでなきゃ、御亭主にしては張合いがないだろう……」
菅子が一矢放った。蓮子は驚いたように唇を開けた。人妻になったとは言っても根が十七歳の少女だ。黙りこんでしまった。
省線で中野の駅へ降りると、電信隊の横の桜が大分葉を振り落していて、秋空が大きく拡がっている。啓吉にはそれがなつかしかった。
今日は学校が休みなのだろう、広場で、学校友達が群れて遊んでいる。時々遠くの群の中から、「田崎君!」と子供達が啓吉を呼んだりした。
啓吉は赧《あか》くなりながら、それでも懐かしそうに、叔母達の後から振り返ってはニヤリと笑ってみせた。どこの庭にも菊の花が咲いていて、
「郊外も此処はいいわね」
と蓮子が言うと、菅子は靴の先きで小石を蹴りながら、
「ここだって市内だよ」
と言った。
啓吉は吾家へ、四日振りに帰って来たのだけれども、まるで一年も見なかったような、遠い距離を感じるのであった。
急いで玄関を開けると、
「おや、一人かい?」
と言って、濡れ手拭を持った母親が出て来た。風呂から帰ったばかりと見えて、衿《えり》のあたりがほんのり
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