だおほおほ笑っている。
「どうだい? 啓坊、お前みたいなものは、出世出来ンぞ! 何だ! びくびくして、秀吉と蜂須賀小六の話を知らんのかねえ……」
勘三は懐から原稿の束を出すと、一つ一つ題を読みあげていった。
「一、臍《へそ》問答、二、風や海や空、三、瘰癧《るいれき》のある人生、四、不格好な女、五、鍛冶屋《かじや》同士の耳打話と、どうだい、どれだって面白そうじゃないか、それなのに、これが一本の酒手にもならんというのだから不思議だよ……」
卓子には徳利が七本になった。
啓吉と同じ位の厚化粧した女の子が、「唄わして頂戴よ、お客さん」と這入って来た。啓吉は、吃驚して勘三をつついた。
「ああいくらでも唄いな。人生唄いたいだらけだ。どら俺が一つ唄ってやろう……」
[#ここから2字下げ]
風と波とにさそわれて
今日も原稿書いてます
酒も飲めない原稿を
風と波とにだまされて……
[#ここで字下げ終わり]
啓吉は、立ち上って一人で戸外へ出て行った。
九
――この車庫二階尺八教習所・都山流水上隆山――一台も自動車の這入っていないガレージの横に、ペンキ塗りのこんな看板が出てい
前へ
次へ
全75ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング