だおほおほ笑っている。
「どうだい? 啓坊、お前みたいなものは、出世出来ンぞ! 何だ! びくびくして、秀吉と蜂須賀小六の話を知らんのかねえ……」
 勘三は懐から原稿の束を出すと、一つ一つ題を読みあげていった。
「一、臍《へそ》問答、二、風や海や空、三、瘰癧《るいれき》のある人生、四、不格好な女、五、鍛冶屋《かじや》同士の耳打話と、どうだい、どれだって面白そうじゃないか、それなのに、これが一本の酒手にもならんというのだから不思議だよ……」
 卓子には徳利が七本になった。
 啓吉と同じ位の厚化粧した女の子が、「唄わして頂戴よ、お客さん」と這入って来た。啓吉は、吃驚して勘三をつついた。
「ああいくらでも唄いな。人生唄いたいだらけだ。どら俺が一つ唄ってやろう……」

[#ここから2字下げ]
風と波とにさそわれて
今日も原稿書いてます
酒も飲めない原稿を
風と波とにだまされて……
[#ここで字下げ終わり]

 啓吉は、立ち上って一人で戸外へ出て行った。

       九

 ――この車庫二階尺八教習所・都山流水上隆山――一台も自動車の這入っていないガレージの横に、ペンキ塗りのこんな看板が出てい
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