る。
鍵の抜けたピアノのようながらんとした車庫の中へ這入ると、ドスンドスンと跫音《あしおと》が天井へ響く。
「おい、小僧! 待ってな、いいかい」
啓吉は泥まみれな足で、車庫の入口につっ立っていた。酔っぱらいの叔父さんなんかどうでもいいや、俺は発明家になってやるんだから、そう力んでいても、看板の上の五燭の電灯がまるで、一つ目小僧のようで、啓吉の胸の中は鳴るような動悸がしている。
「おい! 小僧ッ、馬穴《ばけつ》をやるから足を洗って [#全角空きはママ]その鉄梯子から上って来な」
ガレージの隅がほのあかるくなった。そこから鉄梯子がさがっていて、小さい馬穴が紐にぶらさがって降りて来た。啓吉は尺八を吹く男の、大きな下駄を持って、水道のそばへ行った。黒い駄犬が啓吉にもつれついて来た。
小僧小僧だなんて、大人になったら大学へ行くんだのに莫迦《ばか》にしてらア、啓吉は、よく母親のところへやって来る「小僧小僧」と呼び捨てにする男の事を思い出した。俺は小僧に見えるのかな。厭だなア、二階へ上ったら名前を言ってやろう……啓吉は、雑巾で足を拭いて、鉄梯子を上って行った。啓吉が二階へ上って行くと、暗い三
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