でん屋へ這入った。
「仕方がないさ、飯でも食べて、蓮子叔母さんとこへ行く事にしようや」
そういって、始めは遠慮っぽく蒟蒻《こんにゃく》や、がんもどき[#「がんもどき」に傍点]のたぐいをつっついていたのであったが、根が好きな酒だ。鼻の先きでプンプン匂わされては、
「ええい」
と気合の一つもかけたくなろう。何時の間にか、勘三の前には徳利が四本も並び、四囲は暗くなった。
「何よウびくびくしてンだい! ええ啓坊! 大丈夫だよ。相手はいくらヴァンドンゲンでも、高が落選画家だッ、叔父さんが連れて行けば、四の五のいわさんよ、ええ? あんなサロン絵描きを崇拝するから、三石はついに三石なんだ……おおい酒だ!」
勘三はいささか酒乱の相がある。
啓吉は、最早、母が遠くなったと泣くどころではなかった。躯中に鐘を打つような動悸《どうき》がして来た。
「叔父さんお家へ帰ろうよッ」
「ううん、判った判った、お家もよかろう。女房も伸ちゃんもよかろう。が、さてだね――人生はそんなびくびくしたもンじゃないよ。ええ? 活発に歩かンけりゃいかん。ねえ姐《ねえ》さんや……」
おでん屋の若い女主人は、唇元へ手をあててた
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