ころへ電話かけて見なくちゃア……」
 勘三は、そう言って、青いハンドバッグの財布の中から五銭玉一つ出して、ガレージのそばの自動電話へ這入って行った。
「もしもし……お菅さん? ねえ、厄介なことなンだ。そうさ。家庭争議を起しちまって、それも啓坊の事なンだけど、君ンところで二三日預かってくンないかねえ……ん、そりゃア困るなア、じゃお蓮《れん》さんの所へ置いとくか、ん、新所帯《しんじょたい》で気の毒だけど、何しろ意地を曲げてしまって、啓坊は可哀想だけど、姉さんがどうしても憎いっていうんだ。――だらしがないンでねえ、あのひとも……」
 勘三が自動電話から出てくると、啓吉が白目を張りあげて大粒の涙を溜めていた。
「心細がらなくったっていいよ、中の叔母さんは事務所の連中と明日はハイキングだっていうんだ。だから小さい叔母さんとこへこれから行ってみよう」
「…………」
「大丈夫だよ、――何だ男の子の癖に」
「ねえ、僕、お母さんとこへ帰りたいや!」
 啓吉はそういって、自動電話の後へ回り、雨に濡れたまま声も立てずに泣き出した。

       八

 蓮子は十七歳の夏、姉の寛子の所をたよって上京して来る
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