が一台一台どっかへ滑って行くと、啓吉の目の前に小さい女のハンドバッグが陽に濡れて叩かれているのが見えた。
七
兎に角、二人はそっと濠端の方へ歩いて行った。
雨は益々ひどくなって、勘三の差しかけている蝙蝠《こうもり》傘が雨にザンザン叩かれている。ペンキ塗りの空家になったガレージの前へ来ると、
「啓ちゃん! それ出して御覧よ」と、勘三が立ちどまった。
「誰も来てないかい?」
「うん、誰も来てないよ」
啓吉が蝙蝠傘を差しかけると、裾をたくしあげた勘三は啓吉の拾った青いハンドバッグを開いてみた。啓吉は背伸びをして、叔父の手元を見上げている。
「はいっているかい?」
「まてよ……」
青いハンドバッグの中には、沢崎澄子[#「沢崎澄子」に傍点]という名刺が二三枚這入っていた。汚れたパフのついた和製のコンパクトが一つ、香《にお》いは中々いい。練紅、櫛、散薬のようなもの。ダンテ魔術団のマッチ、男の名刺が四五枚、紅のついたハンカチが一枚、茶皮の財布には、五銭玉が二つ、外にハトロンの封筒が財布の背中に入っていたが、これには拾円札が一枚はいっていて、封筒には「童話稿料」と書いてあった
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