ないンだから……」
「信用がないのねえ、……勘三さん、一つ啓坊二三日あずかって戴けません? 一生のお願いだけど……」
 勘三は、唇紅の濃い姉の姿をさっきからじろじろ眺めていた。心のうちで、三十にもなれば後家も中々辛いだろうと、変に同情してしまっている。
「ま、姉さんが、それでうまく行くんなら置いてらっしゃい」
 と、言うより仕方がなかった。
 眠っている礼子を背負って、姉の貞子が電車賃も借りずに帰って行くと、寛子は、わっと声をたてて泣いた。
「あんなひとってありゃアしない! 自分の勝手の時ばかり子をあずけに来てッ、貴方がなめられているからじゃないのウ」
「何もなめら[#「なめら」に傍点]れてやしないよ。女房の姉さんじゃないか、どうしても駄目ですとはいいきれないよ」
「莫迦にされてンのよッ!」
「莫迦にされたっていいじゃないかッ、泣く奴があるか、莫迦ッ! 早く飯にしろッ」
 勘三は懐《ふところ》から色々な原稿の束を出すと、一枚を引き破ってばりッと鼻をかんだ。啓吉は小さくなってそれを見ていた。伸一郎は遊びに行っているのかな、早く帰らないのかなと、じいっと坐ったまますすりたい鼻もようすすらな
前へ 次へ
全75ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング