た。より江は蛙がゐなくなつたと騒いでゐました。戸外では、まぶしい程朝陽があたつて、青葉は燃えるやうに光つてゐました。より江が庭でほうせん花の赤い花をとつて遊んでゐると、店の土間で自転車を洗つていたお母さんが、
「よりちやんや! よりちやん一寸おいで。」と呼びました。
より江は何かしらとおもつて走つてゆきますと、昨夜のをじさんが、バナゝ籠をさげて板の間へ腰をかけてゐました。お母さんはにこにこ笑つて、
「わたしは、まア、心のうちで泥棒ぢやなかつたかしらなんて考へてゐましたんですよ」といつてゐました。
をぢさんは、新らしく来たこの県の林野局のお役人で、山から降りしなに径に迷つてしまつて、雨で冷へこんで、腹を悪くしたといつてゐました。
「ほんとうに、薬を飲んだときはやれ/\とおもひましたよ。これはお土産ですよ。」
さういつて、紐でくゝつた傘とバナゝの籠を土間に置いて、より江の頭をなぜてくれました。より江はをぢさんが、如何にもうれしさうに声をたてゝ笑ふ皓い歯をみてゐました。お母さんは自転車を洗ひ終ると、店先きの日向に干して、をぢさんに茶を淹れて出しました。
「おや、雨蛙がゐるよ。」
をぢ
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