ゝに‥‥」
と兄さんにいひました。兄さんは壁にあつた傘を取つて、硝子戸をあけ「おうい」といまの男のひとを呼びました。男のひとは二三十歩行つてゐましたが、健ちやんが雨の中を走つて傘を持つて来てくれると、びつくりするほど健ちやんの肩を叩いて男のひとはよろこびました。――より江たちのお母さんは九時頃帰つて来ました。
健ちやんたちが、さつきの男のひとの話をすると、お母さんは心配さうに「ほう」といつてゐました。濡れた自転車を土間へ入れて健ちやんが硝子戸に鍵をかけようとすると、さつきの蛙がまだつくばつてゐます。
「よりちやん、まだ蛙がゐるよ」
と、健ちやんが蛙をつまみあげると、薄青い色をした蛙は、くの字になつた両脚を強く曲げて逃げようとしました。健ちやんは空箱の小さいのへ蛙を入れて、寝床へはいつたより江の枕元へ持つて行つてやりました。
より江はその箱を耳につけて、いつとき、ごそ/\といふ蛙のけはいを愉しんでゐました。
お母さんは、まだ何かお仕事のやうでしたが、より江は箱を持つたまゝ小さい鼾をたてて眠り始めました。
翌る朝。
夜来の雨が霽れて、いゝお天気でした。健ちやんは学校へ行きまし
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