[#「ゆく」に傍点]島とも言つたさうだ。ゆく[#「ゆく」に傍点]は鹿の意味ださうである。鹿の多い島で、昔は鹿の皮が貢物の全部であつた時代もあるのださうだ。地圖の上で見る種子島は長い島だが、屋久島は圓い島だ。
朝、五時頃、屋久島が見え始めた。
宮の浦と言ふところの沖合ひへ六時頃着いたが、こゝは棧橋がないので、小さいはしけ[#「はしけ」に傍点]が客を迎へに來た。デッキへ出ると寒いくらゐだつた。島は思つたより屹立して、山々が黒いビロードを被たやうに連なつてゐる。遠く白い砂地のなぎさが見え、レースのやうに波が打ち寄せて、人家はあまり見えない。船着場の岩壁の上に、大きな材木が積んである。
九時頃、やつと、船は安房《あんばう》へ着いた。こゝでも港がないので、照國丸は沖合ひへ停泊するのだ。
凄い山の姿である。うつたうしいほどの曇天に變り、山々の頂には霧がまいてゐた。全く、無數の山岳が重疊と盛り上つてゐる。鬱蒼とした樹林に蔽はれた山々を見てゐると、人間が住んでゐる島なのかと思へるほどだつた。
島には米がないといふので、鹿兒島では米を五升ほど買ひ求めた。二食分の辨當も宿でつくつて貰つたが、私達
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