た。このカヂ屋さんは、日高さんと言つて、十六歳の頃から鋏ばかりつくつてゐると聞いた。手づくりなので、一日十挺くらゐつくるのが關の山だといふことである。私はこの素朴な鋏つくりの老人がすつかり氣に入つた。目白の籠のなかは、氣忙しい鳥影が動きどほしである。木炭を盛りあげたフイゴを押すと暗い土間に火花が彈けた。
 私は暫く、この島に住んでみたい氣がしてゐた。東京の刺戟はこゝには一向に見られない。電氣も三日目くらゐにはつくと聞いた。魚屋が町の到るところにある。
 八時頃船に戻つたが、珍しく霧を噴いたやうな月が出てゐた。醉つぱらひが大聲でわめきながら、女を連れて船室を開けて歩いてゐる。女も醉つぱらつてゐるのか、下駄の音をさせて、船室の前を蓮つぱに笑ひながら走つて行く。九時過ぎに、船は出航した。にぶいエンジンの音を枕に聞きながら、種子島で多くの人々に逢つたものだと思つた。種子島では、私は島の藥屋で、ソボリンとノーシンを買つた。醫者をしてゐる町長の最上さんも、親切に風邪藥を調合してとゞけてくれた。私はノーシンを一服のんで寢室へ横になつた。
 目的の屋久島はもうぢき眼の前に現れるだらう。屋久島は昔はゆく
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