をかゝへて、これからの夕暮れの道を、麥生まで歩いて歸るのである。二里の山坂は、このおばあさんにとつては少しも淋しい道ではないのだらう。
 六時頃、バスは動き出したが、いくらも行かないうちに、バスは度々泥地にめりこんで、四圍の山林から木裂をひろつて來ては、タイヤを持ちあげるのに苦心した。若い助手も入れて、運轉は三人の男がかはるがはるハンドルを取つた。七時頃、とつぷり暮れた。時々通り過ぎる部落は、ランプの燈がとろとろ燃えて、子供達が叫びながら、家から走り出てバスを追つて來た。夜道のせゐか、ジャワの山の中の部落を通るやうな氣がした。
 どの部落も、屋根には石が乘り、硝子戸のない、雨戸だけの軒のひくい家が、ジャワの土民の小舍のやうに、道の兩側に並んでゐた。その家々の狹い入口から、ランプの燈がとぼつてゐるのが見える。バスのヘッドライトに照される子供達は、輝くやうな眼をして、バスのぐるりに寄つて來た。子供達は喚聲を擧げた。みなバスのヘッドライトを浴びて、銅色の顏をしてゐた。バスは道いつぱいすれすれに、部落の軒を掠め、がじまる[#「がじまる」に傍点]の下枝をこすつて遲い歩みで走つた。私はしつかりと窓
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