二階から海を見ると、かなり大きい波が高くひくく水平線を動かしてゐるやうに見える。
 夜道をかけて、バスが宮の浦まで出られるかどうかを、交渉に行つて貰つた。宮の浦まで五里。これから夕食をして出發するにしても、十二時近くでなければ宮の浦へは着けさうにもない。尾の間へ行くよりもまだ惡路で、それに道中がひどく狹いのださうである。
 バスは行きませうといふことだつた。私達は食事もそこそこに、またバスに乘つた。バスの乘り場で、私は、朝方見覺えのあるおばあさんに逢つた。麥生から安房までの二里あまりの道を裸足で味噌を買ひに來たおばあさんであつた。私は吊橋のところの荒物屋で鉛筆を一本買つて、そこで茶をよばれた。親切な荒物屋の主人であつた。おばあさんはこの店へ味噌を買ひに來たのである。二里の道を裸足で買物に來たおばあさんに、麥生までバスに乘りませんかと言ふと、おばあさんは、乘物に乘ると氣持ちが惡いから折角ですがと斷つた。荒物屋の主人の話では、裏側の永田部落や、一湊《いつそう》あたりの人は、自轉車も自動車も知らない人があるのだと言つてゐた。安房の村さへも見ないで死ぬ人もあるのだと話してゐた。おばあさんは買物
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