航海はおだやかであつた。
晝の二時頃、種子島へ着くのださうだ。
遠い昔、マルセイユから乘つたはるな丸[#「はるな丸」に傍点]に、照國丸は似てゐた。このまゝ何處へでもいゝから、遠くの國外へ向つて航海して行きたい氣がした。久しぶりに廣い海洋へ出て、私は、鹿兒島での息苦しさから解放された。鉛色の空と海の水路を、ひたすら進むことに沒頭してゐるのは、この船だけである。島影一つ見えない。私はこのまゝ數日を海上で送つてみたいと思つた。ポール・ゴオガンのやうに、船がタヒチへでも向つて行つてゐるやうな、一種の堪へ難い待ち遠しさも、私は屋久島に感じ始めてゐるのだ。
屋久島とはどんなところだらう……
現在の日本では、屋久島は、一番南のはづれの島であり、國境でもある。種子島を※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]り、屋久島が見える頃には、このあたりの環礁も、なまあたゝかい海風に染められてゐるであらう。すばらしい港はないとしても、私は何も文明的なものを望んでゐるわけではないが、南端の島に向つて、神祕なものだけは空想してゐるのはたしかだつた。戰爭の頃、私は、ボルネオや、馬來や、スマトラや、ジャワへ旅し
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