たことがあつた、その同じ黒潮の流れに浮いた屋久島に向つて、私はひたすらその島影に心が走り、待ち遠しくもあるのだつた。
二時頃、船は種子島の西之表《にしのおもて》港へ着いた。平べつたい長い島である。木造船が港のなかにごちやごちやともやつてゐた。平凡な島である。こゝで澤山の乘船者が降りて行つた。棧橋にはごちやごちやと澤山の出迎へ人がひしめきあつてゐた。私は暫くデッキに出て、船の上から島の景色を眺めてゐた。
種子島は大隅諸島に屬し、北北東から、南南西にかけて細長く、約七十二キロ、いわゆる九州山系の外帶を構成する第三紀の砂岩、粘板岩、礫岩等からなる小丘がつらなり、臥牛の背に似てゐる。有名な鐵砲傳來の島で、天文年間に漂着して來たポルトガル商船から、種子島|時堯《ときたか》がその製法を受けた。私は織田信長や、豐太閤の小説を書いたばかりだつたので、紀州の根來寺の僧侶や、堺の商人の橘屋又三郎が、この種子島へ來て、鐵砲の製法の傳授を請うた話を思ひ出してゐた。
照國丸は夜の九時まで、この西之表港に停泊してゐるといふので、棧橋が靜かになつたら、種子島に下船してもいゝと思つてゐた。薄陽が射して、海岸沿ひ
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