塊の黒砂糖を包んで貰つた。終戰直後は、この砂糖の買ひ出しに、屋久島あたりも賑つたやうである。甘いものに興味のない私は、芭蕉の葉に包んだ砂糖をもてあましてゐた。砂糖はこげ臭い匂ひがした。鹿兒島の町の市場でも、百匁九十圓でこの黒砂糖を山のやうに賣り出してゐたが、菓子のかはりにするのだといふことであつた。鹿兒島の江戸屋といふ喫茶店で、この黒砂糖を入れたコーヒーを飮んだが、苦甘い砂糖水を飮んでゐるやうであつた。
四圍は珍しく陽が輝き、靜寂である。四圍が森閑としてゐるせゐか、私はひどく疲れてゐるのを感じた。麥束を背に負つた、裸足の娘に行きあつた。女のよく働くところである。山々は硯を突き立てたやうに、部落の上にそゝり立つてゐる。陽の工合で、赤く見えたり、紫色に見えたりした。私達は、その山にみとれてゐた。案内の人は、もつちよむ山だと教へてくれた。花崗岩の巨峰は、日本のマッタホルンとも言はれると聞いた。
暫くして、私は海の方へ降りて行つてみた。かなり激しい斜面をなした狹い石道を、海ぎはへ下つて行つた。波が荒く、白い馬が海原を走つてゐるやうに見えた。私は、ふつと、人間に觸れない景色にはたへられないや
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