へどやどやと出て行つたが、朝まで戻つて來なかつた。雨の音でなかなか寢つかれない。夜中になつて電氣がついた。しみじみと文明の燈火をみつめる。
朝、雨は降つてゐなかつたが、夕方のやうに昏い空あひであつた。
船着場のトラックの運送店で、バスを交渉して貰つた。まだ買つて十日ばかりになる、一度も使つたことのないバスがあると言ふのだ。安房から、尾《を》の間《あひだ》まで四里の道を、バスで行つてみる計畫をたてた。途中の橋が大分くさつてゐたし、道は田をこねかへしたやうだと聞いたが、勇氣を出して、バスで行くことにした。若い運轉手と、運送店の主人が乘り込んでくれた。幸なことに、空もかつと晴れて來た。乘客は私達三人。道が惡いせゐか、私達は彈き豆のやうに、始終シートから放り出されてゐる。途中で、麥生《むぎふ》へ行く、女づれの客を二人ひろつた。紺がすりを着た飮屋の女らしい。金齒をきらきら光らせて喋つてゐた。素足に下駄をはいてゐた。
左手に見える海は、相當の荒れ模樣で、海原に白波が忙しく走つてゐた。ところどころの麥畑も貧弱である。仁田鑛山の社宅を越して、割合平坦なところをバスは走つたが、すぐまたくさつた橋に
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