ロッコを殘して貰つた。徳川さんは、紺のレインハットに、ゲートルに地下足袋のいでたちで、私の乘つてゐた座席へ轉《うつ》り、雨の中を私達の乘つて來た機關車は小板谷へ登つて行つた。小板谷へ行つてみたかつたが、寒さがきびしいと聞き、肺炎にでもなつては災難だと、そのまゝトロッコに乘つて山を降りることにした。疊一枚もない、狹いトロッコに、四人が肩を寄せて乘りあつた。若い山の人がトロッコを上手にあやつつてくれた。斷崖絶壁の山徑を、玉轉しのやうに、トロッコは轟々とすさまじい音をたてて降つて行つた。しのつくやうな雨のなかを、濡れながらトロッコは降つて行く。雨傘を一本持つて來てゐたので、それを差してふはふはと傘の柄につかまつてゐるかたちだつた。
 昏くなつてから宿へ着く。
 ランプの灯の下で火鉢を圍む。風呂をすゝめられるが、熱のためにとりやめ、べとべとした疊に横になる。表の間の税務官吏の部屋は酒宴でも始つたのか賑かである。夕食には、名物の薯燒酎をつけて貰つたが、臭いので誰も飮まなかつた。夜更けになつて、細引を流したやうな雨であつた。雨の中に家ごと沈みこみさうな氣がした。税務官吏は雨の中を、女の迎へで何處か
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