やがて二時間ばかりして、やつと私達は、丘の上のトロッコの乘り場から、機關車のついたトロッコに乘つた。小杉谷まで行くには、どうしても山の中で一泊しなければならないといふので、途中の大忠岳まで行くことにした。私は機關車の運轉臺に乘せて貰つた。機關車は、トロッコを四輛ばかりつけてゐた。山への荷物が載つてゐる。斷崖の狹い道に敷いたレールの上を、ごうごうと機關車は音をたてて登つた。鬱蒼とした山肌は時々、眞紅な煉瓦色をしてゐた。ヘゴと言ふ、大きな羊齒の一種が繁つてゐた。つはぶき、鬼あざみ、山うどが眼につく。右手の川底の安房の町がだんだん小さく消えてゆく。吊橋も小指ほどに見える。トロッコは荷物と澤山の山行きの人達をのせて、斷崖の上を走つてゐる。雨が降つたりやんだりした。

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一切の強欲の軋轢の苦役から
放免せられてゐる山々
一寸きざみに山へ登りつめる廣い天と地
鋭利な知能を必要とはしない自然
老境にはいつた都會を見捨てゝ
柔い山ふところに登りつめる私
私はその樂しみの飽くことを知らない。

額に山の雨が降りかゝり冷してくれる
山の精力が細かな種子になつて降る
蔓どめ、ひこ
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