かまど、羊齒類。
 雨にあたつたせゐか、腕がちぎれるやうに痛い。額に手をふれると、かあつと熱い。雨はぴしやぴしやと硝子戸の外に音をたてて降つてゐる。徳川さんがトロッコの支度をしてくれるといふので、私達は一應宿へ戻り、山へ登る支度をする。ノーシンを二服のんでみる。古い藥とみえて、散藥は落雁のやうに舌に固まる。急に日沒が來たやうに、眼がくらみさうになつた。
 身支度をして、階下の板の間へ降りてみた。行商の女が、鯖のなまり[#「なまり」に傍点]を賣りに來てゐた。片身二十圓だと言ふ。もの好きに、私も三本ばかり買つてみる。狹い石の段々のところで、十五六の男の子が、かけひ[#「かけひ」に傍点]の水のところで、鷄を料理してゐるのをも珍しく眺める。雨に濡れながら、男の子は器用な手つきで鷄を料理してゐた。
 トロッコの支度はなかなか出來ないとみえて、私は待ちくたびれてしまつた。鹿兒島を隔たること九十七哩、東西六里、南北三里二十七町のこの山深い島に、私はいまぼんやり渡つて來たのだ。寒いせゐか、店先の火鉢に蠅がゴマを撒いたやうにぴつちりとまつてゐる。スケッチをするつもりだつたが、熱つぽくて何事にも興味がない
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