して唇に咥へた。だが、マツチがない。
「凄いンだねえ」
「いま、こゝで五本買つたんだよ」
「こんな処にも、煙草売り、ゐるの?」
「そりやアあるさ」
 満足に、ものは食べないけれども、二人の若さは少しも狙喪[#「狙喪」はママ]してはゐない。
「ブリヂイ・ウエル・サンクスだ‥‥僕達はまアまア上の部だよ」
「えゝなアに?」
 無慈悲な世の中とも思はれぬと、さて五十円を手にしてみれば、貧乏人にとつては、その場では兎に角大にこにこ、専造は、急に元気になつた。
 だが、この金額の中から、間代を少し入れて、浅草で何か食べるとすれば、五拾円といふ金は、うたかたの如き金銭で、剰し得るものは何もない。これは御供への饅頭の如きものだと、専造は憂欝になつた。
「こゝへ来た次手に、やつぱり、この本も売つてゆかう‥‥」
「どうして?」
「君は心配しなくてもいゝよ」
「だつて、兄ちやん、本はこの次と云つたぢやアないか」
 まづ、二人は正門を出て、軒並みに本屋の前を歩いた。うつさうとした、山奥の水流をおもはせるやうな、ラジオの音楽が、きらめく水の色を髣髴とさせる。
 五郎は、かなり歩きつかれて、頭の芯が痛くなつてきた
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