愛する人達
林芙美子
−−
【テキスト中に現れる記号について】
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから2字下げ]
−−
[#ここから2字下げ]
ばうばうとした野原に立つて口笛をふいてみても
もう永遠に空想の娘らは来やしない。
なみだによごれためるとんのずぼんをはいて
私は日傭人のやうに歩いてゐる。
ああもう希望もない 名誉もない 未来もない。
さうしてとりかへしのつかない悔恨ばかりが
野鼠のやうに走つて行つた。
[#ここで字下げ終わり]
萩原朔太郎といふ詩人は、もうすでに此世にはないけれども、此様な詩が残つてゐる。専造は、大学のなかの、銀杏並木の下をゆつくりと歩きながら、この詩人の「宿命」といふ本の頁をめくつてゐた。
約束の時間を十分も過ぎたが、五郎の姿はみえない。繁つた、銀杏の大樹はまるで緑のトンネル。枝々が両側からかぶりあつて、馥郁とした涼風をただよはせてゐる。
この日頃、胃の腑[#「腑」は底本では「附」]の恰好なぞ、考へたこともないほど、専造は食事らしい食事はしてゐない。
下宿代は滞り勝ち。――二三、友人にあたつてみた職業も、みん
次へ
全18ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング