つて戻つて来るンぢやないかな。
あゝ、生きる苦しみといふものは‥‥専造は、いつも、くづくづと鳴つてゐる胃の腑を、うるさい奴だと思つた。ふつと、立駐つた。
「専造さアん‥‥」
人力車夫のやうな走りかたで、五郎が両の手を振り振り走つて来た。
「どうだ?」
「ゐたよ。いま帰つたとこだつて‥‥」
「さうか。何かくれた?」
「手紙をくれたよ」
汚れたピケの帽子の下から、粗末なハトロンの封筒を出した。
葡萄のやうな、明るい少年の眼が、つぶらに動く。封を切ると、拾円札が五枚出て来た。
「もう、その本、売らなくてもいいンだらう?」
「また、この次だ」
当分、御教授はお休みにして下さい。手紙には簡単にかう書いてある。
「君は、藤崎さん、御病気ですと云つたかい?」
「あゝ、云つたさ。――奥へはいる時、あのひとも度々だから厭だねつて、云つてたよ」
「マザーの方か?」
「うん」
愚や愚や、汝は弱き家庭教師也。専造は手紙を揉みくしやにしてポケツトへ入れた。
「浅草へ行つてみようか?」
「うん」
「歩けるかい?」
「大丈夫だよ‥‥」
五郎はにやりと笑つて、片足を高くあげてみせた。専造は、煙草を一本出
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