のなかに愛されてゐるはずなのに、まづ、敗戦のあとの庶民には何の余沢もない。割のいゝものが、割のいゝ五十年の暮しをしてゐるだけのことだと、国宗はさかんに蔭弁慶の迷論を飛ばしてゐる。
 だが、闇の煙草はなかなかうまい。
 五郎は、錻力や、木片をあつめてきて、こつこつと、電気の麺麭焼き箱をつくつてゐる。
「うまく出来るかい」
 専造が破れ団扇をつかひながら見物といつた様子。
「これで、コードを少し買つてくれば出来るよ」
「よーし、買つてやらう。しかしふくらし粉は高値だなア」
「姉さんに貰つて来るよ」
「夏川つて家も、姉さんの話によるとけちんぼだつて云つてたよ」
「だつて、ふくらし粉位はあるだらう」
「あゝ、猛烈に甘い奴をたべたいなア。砂糖といふものの存在はどうなつたのかねえ。砂糖といふ奴は‥‥」
 国宗が、出窓に腰をかけて、急に甘いものを思ひ出したやうだ。五郎は、硝子瓶にはいつた砂糖の白さを思つた。坂田のおばあさんの家で、大切にしてゐる白砂糖を峰子と二人で盗んでなめた事があつた。舌の上にじゆんと広がつてゆく甘さが忘れられない。ふつくりした柔い薄団にくるまつたやうな、ぽつてりした砂糖の味‥‥。
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