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月にうき、雲はなにかぜ
おもふにまかせぬ世なりけり。
ちぎりしたことは夢に似て
はやくも、わかれとなりにけり。
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破れ団扇のうらの、達筆な落書。
「君ぢやアないのだらう?」
「なに?」
「この文句さ、失恋だな、どう読んでも‥‥」
「さる、偉いおかたのものさ」
「さる、偉いおかたのものか‥‥」
鍋のものをさらへて、食べたあと、湯を足して、配給の粉をまるめたすゐとん、三人の有機体は海鼠のやうに平和になつた。
煙草は取つておきの、昨日の、大学煙草が三本、一本、一円三十銭だと思へば、仇やおろそかには吸へない。――国宗も珍重して吸ひながら、すぐ七癖の一癖がまた始つた。
「闇で煙草をどんどん売つてゐるくせに、配給がないといふのは、政府の最もずるいやりかただよ。――政府のやつてゐることで、科学性なンて何一つありやアしないぢやないか、神まうでと同じで、御利益の匂はせ主義だし、民衆が興奮すると、すぐ、殺虫剤みたいなものをふりかけるンだからねえ。――何日も主食物を配給しないでおいてさ、街に出てみろ、馬鈴薯なンか、山のやうに売つてるぜ‥‥」
人類は、自然
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