もに喬之助のうしろのたたみに突き刺さった。
 頼母は、串刺しである。団子のようだ。切尖《きっさき》が背中へ貫《つ》き出ていた。とっさに引き抜かないと、すぐ肉がしまって容易に抜けなくなるもので、喬之助、グザッ! と今一度、深く突き入れながら、さあっと抜いた。同秒、いつ斬ったのか、頼母の首は、熱い血の池の中に、右の耳を下に畳にころがっていた。
 あまりの手練に、顔いろを変えた後の二人である。無言、決して逃げるのではないが、ちょっと都合があって引っ返そうとすると、生きもののように伸び切った喬之助の長剣、博多弓之丞の肩をカッさばいて、ジャ、ジャ、ジャリイン! 肋骨《ろっこつ》が四、五枚、刃に触って鳴る音がした。ざくろのように赤い切り口、白い骨の突出《とっしゅつ》、空気をつかんでのけ反った博多弓之丞だ。
 こうなると、もう何番首だかわからない。
 そんな整理は、あとだ。

      五

「手前《てめえ》たちッ、人をブッタ斬ったことがあるめえ。人を斬らねえ剣法は、畳の上の水練だ。なア、刀ってものは、叩いて斬れるもんじゃアねえ。押して斬る。引いて斬る。さアッ! とこう、押す、引く、ここの呼吸で斬るんだ。べらぼうめ、一つ斬って見せるから、踏みこんで来いッ!」
 いまは主人のない屋敷の反対側の大広間で、他の番士一統と源助町の同勢を一手に引き受けているのが、喧嘩の先生、茨右近……観化流の定法。一|天無蓋《てんむがい》の大上段に振りかぶったまま、喧嘩師右近、さすがに場数を踏んでいるから呑気なものだ。
 ひょうひょうした調子で講釈《こうしゃく》をしながら、
「何でエ! 雛《ひな》の節句《せっく》の内裏様や五|人囃《にんばやし》じゃアあるめエし、並んでじっとしていねえで、飛び込んで来たらどうだ。ヤイ、てめえ、眼の色が変っているぞ。それから、そっちのお方、失礼だが、汗が眼へはいりかけてらあ、拭きな、ふきな。その間はいかねえから、ユックリ汗を拭きなってことよ」
 実に嘲弄《ちょうろう》し切ったもので、しかも、右近の足は、さっき殺《や》ったのか、真赤《まっか》に染まって四肢《てあし》や顔が青絵具《あおえのぐ》のような青い屍骸をひとつ、踏まえているのだ。見ると、日向一学である。何番首、そんなことはどうでもいい。
 一同はこの右近を喬之助とばかり思いこんで、何しろ、室内に犇《ひし》めき合っているのだから、こうなると、多勢のほうが不利である。味方の誰をも害《そこな》うまいとすればするほど、満を持して容易に発し得ない。そのうちに、気を焦《いらだ》って源助町の比企一隆斎、鏡丹波らが、一時に左右から斬りこんで[#「斬りこんで」は底本では「軒りこんで」]、たちまち打《ちょう》ッ! の刃音、発《はつ》! の気合い、混剣乱陣《こんけんらんじん》の場と化し去ったが、茨右近は、大体の人相を喬之助から聞き知っていて、番士と源助町の区別はつく。源助町と無駄に刃を合わすより、一人でも多く番士を斃《たお》したほうがいいから、源助町の剣をひっ外《ぱず》して、長駆《ちょうく》、番士の群へ殺到すると、その気魄《きはく》の強さにおそれを抱いたものか、ひとり刀を提げてその一団から逃げ出したものがある。峰淵車之助だ。それと見て、右近あとを追う。
 廊下づたいに、逃げるもの、追う者に競争がはじまった。
 ほかの連中も、直《ただ》ちに雪崩を打って右近のあとを追い出した。が、人数の多いのは、この場合、どこまでも不利益だ。いたずらに肩を押し合い、揉《も》み合い、めいめい先へ出ようと邪魔しあって、お神輿をかつぐようにギツシリ廊下に詰まって、ワッショイワッショイ! そんなことは言わないが、まごまごしているうちに、逃げる峰淵車之助も追う右近も、一人ずつだから早い。ぐるぐる屋敷中を駈けめぐって、わっしょい連からはずっと離れてしまった。
 部屋から部屋と抜けて夢中で逃げ廻っている車之助、フと一室へ飛び込むと、そこに、自分を追って来た喬之助が立っているのでギョッ! とした。いそいで引っ返そうとすると、うしろからも右近の喬之助が近づいてくる。こうして、二人の喬之助を一しょに見て、はじめてこの影武者の秘密を知ったのは、峰淵車之助が最初だった……が、その車之助は、この二人の喬之助に挾まれて、死以上の不気味《ぶきみ》な恐怖のうちに、間もなく首にされてしまったので、影《かげ》と影《かげ》二人法師《ふたりほうし》のからくりは、まだ相手方へ洩れはしなかった。
「おうい! 喬之助が二《ふた》……。」
 車之助は、――人《り》! まで叫んで一同《みな》の耳へ届かせないうちに、根太《ねだ》から生えたように、部屋の敷居の上にチョコナンと、一個の首となって鎮座ましましていた。
 あとから、一同が、屋敷じゅうを探しまわると、喬之助と右近は、
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