いずれを一二とも謂いがたい、硬剣《こうけん》豪剣《ごうけん》の双手だが。
 今。
 この横地半九郎の屋敷に、夜宴《やえん》の最中、いつの間にかはいりこんで屏風のかげに潜《ひそ》んでいた神尾喬之助、妙ないい方だが……この神尾喬之助は、神尾喬之助ではなく、正しく茨右近だ。その声、態度、何よりも、その静中にあって四囲の物化を観《み》、瞬転《しゅんてん》、突起発動《とっきはつどう》せんとする剣捌《けんさば》きで知れるのである。
 が、敵に、そんな影武者《かげむしゃ》があろうとは夢にも知らない六人だ。神尾喬之助とばかり思いこんでいる。六対一、衆よく寡《か》を制す。一度に掛って斬り伏せてしまえッ! と、初剣は春藤幾久馬、味方に機を与える心算《つもり》の空気合《からきあい》だ。エイッ! 抜く。白閃《びゃくせん》、春灯《しゅんてい》を裂《さ》いて右近の顔前、三寸のところに躍った。
 秒間、紙を入れない。
 丁度、
「うらの坊主が屏風に上手に坊主の絵を描いたッ」
 ……の、「描いたッ!」が終った一|拍子《びょうし》、倒れ伏さった屏風に片足かけた右近。
「約束だッ! 参《まい》るッ!」
 長刃、低く横ざまに刷《は》いて来て、さながら鋼白色《こうはくしょく》の大扇《たいせん》、末広形《すえひろがた》の板のごとくに、右近の手に一過した。
 一撫で撫でたのが、余りのスピードで、震幅《しんぷく》だけの平面のように見えたのだ。
 跳び上った春藤幾久馬をはじめ、一同ダダダッ! と後へに退って、剣芒《けんぼう》を揃えて一団に集まる。
 誰も、斬られたものはないはず。
 だが、不思議! 右近の剣身《けんしん》に、スーッと一筋。血糊が走っている……。
 右近は、こみ上げてくる笑いを、冷々《れいれい》と吐き出していた。
「自分の胴が真ッ二つになってるのを、知らずにいりゃア世話あねえや」
 あッ! と一同のうしろに当って、急に呻《うめ》き声がしたので、ふり返って見た。
 松原源兵衛である。かれは後部にいたのだ。それが、前の者が誰もかすり傷一つ負わないのに、どうして源兵衛が今の一剣でやられたのだろう。観化流、鎧通《よろいどう》しの一手、鎧の隙間《すきま》を通して、内容《なか》の身体を斬り捌《さば》くという、あれだ。源兵衛は、うム! おめくと同時に、游《およ》ぐように前面へのめってバッタリ、右近の言った通り、胴体《どうたい》が二つに開いて……。
「四番首!」
 腹から爆笑をゆすり上げている右近へ、遊佐剛七郎の伸剣《しんけん》が降り下った。掻いくぐった右近、床の間の凹《くぼ》みに駈《か》け上って、ここに初めて、豪剣を正眼に構える――鋼鉄に似た血のにおいで咽返《むせかえ》りそうな室内に、五人の剣陣が、床の間の前に半月形《はんげつがた》に展開した。燭台《しょくだい》の灯《ひ》が鋩子先《ぼうしさき》に、チララチララと花の様に咲いて……。

      四

 何を思ったか、茨右近の顔が、急に引き締まって見えた。もう笑ってはいない。かれは、身内に沸き立った殺気を感じて残りの五人を一撃に斃《たお》してやろう――と俄かに真剣になったのだ。
 なにをするか……と、見ていると、ピタリ肩落しにつけていた大刀を口にくわえた右近、スッと背伸《せの》びをして、帯を締め直し出した。五つの剣輪《けんりん》の中である。不敵! と、焦立《いらだ》った鏡丹波が、無形一刀の秘精《ひせい》、釘打《くぎう》ちの突き、六尺離れたところから刀を突き出して、斬ッ尖で釘を打ち込むという、これが源助町道場の大変な味噌《みそ》だったもので、また、丹波の最も得意とするところ……一気に来た。
 と、予想していたかのごとく、右近は、くわえていた刀を口から離す。その、落ちるところを空に引ッ掴んで、チャリイン! 丹波の突きを下から弾《は》ね上げながら、即《そく》、豹《ひょう》のように躍って横地半九郎へ襲い掛った。
「うむ! こいつア出来る」
 交《かわ》された丹ちゃん、にやにやして感服した。
 これで気がついたように、今まで黙りこくっていた五人の間に、一時に騒然《そうぜん》と声が起った。
「なるほど、出来る」
 遊佐剛七郎が、呻《うめ》くように繰り返した。出来る訳で、相手は喧嘩屋の先生である。
「部屋の中は、損だ。庭へ! 庭へ!」
「多勢に限る。誰か源助町へ呼びに行け」
「そうだ、先生を引っぱって来い」
「いや、先生には及ばぬ。三|羽烏《ばがらす》の一人で沢山だ」
 言う間も、右近を囲んで、ジリリ、ジリリ、詰め寄っているのだが、この源助町の三羽烏というのは、無形一刀流の大先生、神保造酒の直下に、
 大矢内修理《おおやうちしゅり》。
 比企《ひき》一|隆斎《りゅうさい》。
 天童利根太郎《てんどうとねたろう》。
 この三人を源助町の三羽
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