うずいきくどくぼん》の一|節《せつ》から胎発《たいはつ》した無形《むぎょう》一|刀流《とうりゅう》だ。
人間の慾のなかで、一番大きくかつ一番|根強《ねづよ》い慾、すなわち生命に対する執着《しゅうちゃく》を去って、無形に帰れと教える。つまり、はじめから命の要《い》らない流儀である。生きようとは思わないのだから、怖《こわ》いものはない。剣を把《と》れば死ぬ気だから、じぶんを衛《まも》ろうとしない。攻め一方の、じつに火焔《かえん》のごとく激しい剣法であった。
こうして、日常すでにいのち[#「いのち」に傍点]を無視している連中だ。この、諸慾中の最大慾だけは、サラリ西の海へ流しても、他の慾は、別である。生命が要らないだけに、酒と女は大いに要る。じっさい、この二つ以外何ものもない、大悟徹底《たいごてってい》したあぶれ者が揃っていたものだ。
この源助町の道場、無形一刀流、神保造酒のところへ、用心棒を束にして貸してくれと申し込んだ。アイ来たとばかり、ゴロゴロしてるやつが毎晩出かけて来る。無料《ただ》で一晩中酒が呑めるんだから、こんなうまい話はない。今夜も、いま、遊佐剛七郎、春藤幾久馬、鏡丹波がやって来て、同勢六人、円くなって酒だ。
「いかに横地氏、これだけ集まっておれば、何も心配することはござるまい」
「イヤ、はなはだ意気地がないようで、お恥かしい次第じゃ。何分相手は魔に憑《つ》かれておるでナ、用心に越したことはないと神保先生にお願い申し、かくは諸君の御足労《ごそくろう》をわずらわした訳じゃ。ママ何はなくとも一|献《こん》……」
「ナアニ、神尾とやら申す青侍一匹、ウフフ拙者ひとりで沢山だ。みんな寝ちまえ、寝ちまえ! ついでに、酒も独りでひき請《う》けた」
「何とか、うまいことを吐《ぬ》かしおる」
「神尾のほうはとにかく、酒は任せるわけには行かんぞ」
「わッハッハ、振舞《ふるま》い酒となると、こやつ、眼の色を変えやがる」
崩れるような大笑いだ。この最中、気がついたのは荒木陽一郎だった。
何気なく眼が行ったのである。
隅に、短冊《たんざく》を散らし張《ば》りにした屏風《びょうぶ》[#ルビの「びょうぶ」は底本では「ひょうぶ」]が置いてある。ふと見ると、それが、何時の間にか逆《さか》さ屏風になっているのだ。
さかさ屏風……不吉《ふきつ》ッ!
「おッ! 誰か死ぬぞッ!」
かれは、叫んでいた。
生《い》きている死人《しにん》
一
荒木陽一郎、松原源兵衛、それに当家のあるじ横地半九郎の三御書院番士、及び、芝源助町の無形一刀流、神保造酒の道場から助剣に来ている三人の暴れ者、遊佐剛七郎、春藤幾久馬、鏡丹波……一座六人、ハッと申し合わせたように酒杯《さかずき》をひかえて、十二の眼が、いっせいに隅の屏風をかえり見た。
俗に瘤寺《こぶでら》といった。四谷自証院の裏手、横地半九郎方の奥ざしきだ。
ガヤガヤしてたやつがぴったり止《と》まる。見る――なるほど、銀地《ぎんじ》に短冊を散らし貼《ば》りにした屏風が、死人の枕頭《ちんとう》を囲むように、逆さに置いてあるのだ。
さかさ屏風……不吉! は言うまでもない。が、見つけた荒木陽一郎が、
「おッ! 誰か死ぬぞッ!」
と叫んだのは、些《ち》と大袈裟《おおげさ》だったので、真っ先に笑い出したのは、通称《つうしょう》源助町《げんすけちょう》の丹ちゃんこと鏡丹波だ。おさむらいにしてそんな通称があろうという、市井無頼《しせいぶらい》の徒と何ら選ぶところのない丹ちゃんである。服装《なり》だって見上げたもので、まだ薄ら寒いこの春宵《しゅんしょう》に、よごれ切った藍微塵《あいみじん》の浴衣《ゆかた》一まい、長い刀《やつ》を一本ブッこんで、髪なんかでたらめだ。クシャクシャに束《つか》ね上《あ》げている。
「わッはっは!」衝《つ》ッ掛るように笑って、「エオウ、誰か死ななきゃならねえなら、おいらが死んでやるから、みんな安心していねエ。だがヨ御同役、そ、そんな不景気な面をしてちゃア、酒が不味《まず》いや」
だが、首を狙《ねら》われる三番士の身になってみると、そう呑気にしてはいられない。
主人の横地半九郎が、真青な顔を陽一郎へ向けて、
「イヤ、これは、今夜の宿を引きうけながら、飛んだ失礼をつかまつった。折も折り、まことに縁起《えんぎ》でもない誤ち、何んとも拙者方家人《せっしゃかたかじん》の粗忽《そこつ》。ウウ荒木氏、松原氏、ママお気を悪くなされぬように……」
「お言葉で痛《いた》み入る」荒木陽一郎は、まだ、左手に引きつけた一刀を離さずに、「それは、マア、屏風の置き違えにはきまっておるが、場合が場合じゃテ、臆病《おくびょう》なようだが、ちょっとびっくり致した。大声《たいせい》を発して、大人気《おとな
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