色の姿が見えて.それがしばらく籠のなかのうぐいすとしきりに啼き交わしていたかと思うと、つ[#「つ」に傍点]と羽ばたきをしながら、梅の枝をはなれた鶯が、縁側の籠の前へとんで来た。籠を隔てて二羽の鶯が何事か親しげに囁き合っているように見える。
 少女はうれしそうににっこり[#「にっこり」に傍点]して、そして新来の珍客を驚かさないように気をつけながら、そっと籠のそばへ寄った。この、どこからともなく飛んで来た鶯も、長らく人に飼われていたものとみえて、少女が近づいても逃げようともしない。で、ふとその脚《あし》を見た少女は、急いで籠の外のうぐいすを押えた。紅筆《べにふで》のような鶯の脚に小さな紙片がしばってあるのだ。
 少女が紙を解いて見ると、小さく畳んだ手紙のようなものである。鶯はそのまま放してやって、少女が手早く紙をひろげようとしていると、後で荒々しい音がした。振り返って見ると、兄の鏡之介である――真庭念流の剣客で、下妻藩の若侍たちのあいだに、牛耳《ぎゅうじ》をとっている荒武者。
「千草、何だその手紙は?」
 と、鏡之介はすぐに少女の持っている紙片に眼をつけた。千草と呼ばれた少女は、もう怖そうにおずおずと、兄鏡之介の前へその紙を差し出した。
 引ったくった鏡之介が読んでみると――。
[#ここから2字下げ]
下妻の方々へ申す。
平馬をはじめ結城藩の若侍一同、今宵深更《こよいしんこう》、結城の城下はずれの森に会合致し、筑波神社祭礼神前仕合の策戦をなすよし、たしかなる筋より聞き及び候間《そうろうあいだ》御参考にまで密告仕侯。よろしく御取り計《はから》いあって然る可く存じ候。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ]蔭乍《かげなが》らお味方の一人より
 読み終った鏡之介は足許の妹千草を睨《ね》めつけて訊いた。
「どこからこの手紙が舞い込んだ?」
「はい。どこからともなく一羽の鶯が、この私のうぐいすを慕って飛んでまいりまして、あの、その鶯の脚にこの御手紙が巻きつけてあったのでございます」
「ふうむ。そうか――鶯の便とはちかごろもって風流な話だな」
 と、言ったかと思うと鏡之介、そのまま手紙を握りしめてどんどん奥へはいって行った。頭のなかで今夜結城の会合に対する素晴しい計画を思いめぐらしながら。

   矢筈の森

 宵のうちにちょっと顔を見せた月は、間もなく霧に呑まれて、森の木《こ》の下闇《したやみ》は鼻をつままれてもわからない暗さだった。結城の藩と下妻との間に、横笛川という一筋の流れ。その川に月見橋の架かっていることは前にも言ったが、その月見橋を少し結城の方へ寄った所に、矢筈の森というこんもりと茂った森があった。昼は時々城下の百姓や町人が、薪木《たきぎ》を拾いに来るくらいのもので、この夜更け、しかもこの霧、いまごろ、矢筈の森のなかに人影があろうとも思われないのに、ちょうどその森の真ん中、少し木が開いて茫々とたけなす草が生えているなかに、提灯《ちょうちん》の火を霧ににじませて、一団の人影がうごめいていた。あの鶯の便にあったとおり、平馬を筆頭に結城藩の若侍一同が、来るべき大仕合の策戦計画に夜中ひそかに集合しているに相違ない。提灯の灯をうけた顔が赤く興奮して、おたがいに霧を透して覗き合いながら、さっきから相談がはずんでいる。話にばかり気を取られていたので、そのすぐそばの木の影に、下妻の鏡之介がこっそり忍んで立ち聞いていたことには、誰一人気のついた者もないようすである。
「今年こそは平馬どのが出られるからと思って、我々も安心しているが、ところがここに聞きずてならないのは、下妻のやつらは戦わぬ前に、とても勝算のないのを知って、なんとかして平馬どのを出場不能におとしいれようとして、つけ狙っておると申すではないか。なんと各々方《おのおのがた》、この敵の仕打ちはまことに卑怯には相違ないが、この際平馬どのにもしものことがあっては、われわれ一同はまことに困却《こんきゃく》つかまつる。もとより勇豪の平馬どののことゆえ、下妻のやつらのごとき、恐るるにもあたるまいが、俗にも言う多勢に無勢《ぶぜい》――どうも心配でならぬ」
 こう言って一人が分別顔に一同の顔を見廻すと、それに応じてまた他の者が口を出す。
「さればさ。その憂慮に堪えんからこそ、今宵御一同にお集りを願って、あらためて平馬どのに特別に自重用心なさるようお願いしたわけだが――」
「ところが平馬どのがわれわれの注意を鼻であしらって、いっこう意にとめて下さらんのは、いささか心外」
「と、申したところで平馬どのぐらいの腕があれば、それくらいの自信はけっして無理ではない。なんら無謀ではないのだ」
「と、いって、敵は朝夕つけ狙っているし、平馬どのは平気だし、これは困ったことができたなあ――」
 こう言ってみんなが考
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