、恐ろしい思い出が甦《よみがえ》ってくる。
さっきのお多喜が、八幡の縁の下に寝ていたこの小信を見つけた時、小信が独りでに口走った言葉、
「ほほほほほ、おかしいねえ。殿さまが女に斬られたりしてさ。」
といったのは、あれは事実なので。
狂人ながら、絶えず心にあることを、思わずひとり語《ご》ちたというわけ。
それは。
巻狩りの殿の眼に留まって誘拐され、彼女が田万里を去ってから、もう七年になる。恐怖と恥じと怨恨との連続だったさながら夢魔のようなこの七年間――。
自分は出羽守の一行に取りまかれてこの江戸の下屋敷へ送られて、そこで、ほかの多くの妾てかけとともに日夜殿の玩弄に身を任せなければならないことになったが――その、山を下りる時、かすかながら覚えているのは、父の伴大之丞が自分を助けようとして、単身、出羽守狩猟の人数へ斬り込んで無残な切り死をしたことと。
それから、後で風の便りに聞けば、この娘の悲運と老夫の横死を嘆き、主君出羽を恨みにうらんで、母はついに出羽の藩地、遠州|相良《さがら》の空を白眼《にら》んで自害して果てたという。
父母の仇、じぶんの敵!――七年間、耐え忍びながら機
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