金創十字に斬り苛まれた醜い容貌は、忍ぶ。
忍ぶどころか、何もかもこの弓削家のためにと――、もったいなくさえ思って、ひそかに蔭で、良人大次の背へ手を合わして来た千浪ではあったけれども――その顔とともに性格まで一変した大次郎を、千浪、どうしても愛することはできなかった。
彼女の悩みは、そこにあった。
人間というものは、顔によって、こんなに気質《きだて》が変るものであろうか。その物凄い相貌のままに、まるで鬼のような心になった伴大次郎――伴法外を、千浪が、愛そうとして愛し得なかったのに無理はないのだった。
大次郎もまた――。
「かような顔になった拙者を、そちは、怖れておるに相違ない。いや、憎んでおる! 嫌っておる! それが拙者にはよくわかる!」
と昼夜、千浪の顔にこの言葉を吐きかけて、千浪を泣かせ自らも苦しんだものだったが。
稽古振りまで、がらり違ってきて、竹刀の先が火を噴くような激しさ、荒さ。
それは弟子どもへの薬になるとはいえ、この大次郎の立合いの鋭さは、そういう意味のものではなかった。
炎のような憎悪!――普通の容貌《かお》をしている者への、強いにくしみ――それが、大次の
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