眼光に、道場での木太刀取りに、突き刺すように感じられる。
こうなると、下谷練塀小路《したやねりべいこうじ》の法外道場は淋れて往く一方。
そして、それは江戸の街々に、秋も深まろうとする一夜だったが、大次郎は、風に捲かれる落葉のごとく、瓢然と道場を出奔したのである。
見てはならない自分の顔、下山以来、鏡というものを避けていたじぶんの相貌を、金盥の水かがみに、はっと、見てしまったのが動機となって。
「げっ! か、かほどまでに変っておろうとは! これでは、千浪! そちに嫌われても詮ない道理。うは、ははははは、いや、夢を見た、夢を見た――。」
と伴法外――否、法外の名は先師弓削氏の霊に返戻《へんれい》して、すっぱりとまたもとの伴大次郎、あの三国ヶ嶽のふもと、山伏山の陰なる廃村|田万里《たまざと》の郷士あがり、天涯孤影、肩をそびやかして、恋妻の許を去ったのだ、大次は。
躓《こ》けつ転《まろ》びつ、裾踏み乱して嗚咽《おえつ》しながら、門まで大次郎のあとを追って出て千浪の耳に聞えたのは、そこの練塀小路の町かどをまがって消えて行く、かれの詩吟の声のみだった。
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「風過ぎて
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