三里の上りを、三国一点の頂上をさしてすたすた[#「すたすた」に傍点]いそいでいた。
 さながら、空ゆく風――疾《はや》い足だ。

     第二の葛籠笠

 斬り傷、金創の入湯客が多い。
 自然、人別あらための山役人の眼がきびしい。
 山奥ながら、宿屋とあれば、藤屋も宿帳を一冊備えて、――この宿帳に。
 半月ほど前に名を記して、今だにずっと滞在している三人づれの江戸の客というのは、
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下谷練塀小路《したやねりべいこうじ》 法外流剣法道場主
         弓削法外《ゆげほうがい》 六十三歳
    同人娘    千浪《ちなみ》 十九歳
    法外門人 伴大次郎《ばんだいじろう》 二十七歳
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「ほんとうにお父さまは、どうしてこんな淋しいところに、こうしていつまでもいらっしゃるのかしら――。」
 黒ずんできている湯だ。湯気が白く眼立つ。もうすっかり暮れてしまったのに、千浪は上ろうともせず、腰から上を湯のうえに見せて、天然の湯船をなしている岸の巌に、凭《よ》りかかって立っている。
 江戸育ちで、千浪は、賑やかなところが懐しいのだった。
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