たからな。」
と、一人が言う。
ほかのひとりが、
「伴先生は、その時、現場にいあわせなかったのか。」
「そうと見える。なんでも、上の山とかへ一夜登っておった後のできごとじゃそうな。」
「伴先生と言えば、山から帰ってから、先生の稽古は滅法荒くなったな。」
「稽古ぶりも、まるで別人のようじゃ。」
「顔も別人――。」
「これ! それを言ってはならぬ。」
一同は、急に声を忍ばせて、
「しかし、えらい変りようじゃなあ。あれほど眉目《びもく》秀麗《しゅうれい》だった伴大次郎が、今はまるで鬼の面と言ってもよい。」
「山から帰って来られて初めて見たとき、おれは、化物ではないかと思ったぞ。」
「声が高いぞ。それが伴先生のお耳へ入ったら、貴様の首は胴へつながっておるまい。」
「いや、化物にしろ何にしろ、あの千浪さまを妻にして、これだけの道場を承け継いで見れば、決して悪い気持ちはすまい。」
「ところが、そのお嬢様と先生との間が、うまくいっておらぬのだ。」
「それはまた、どういうわけで――。」
「顔がああなってからの、先生のひがみだろうと思うのだが、かようになった大次郎を、そなたはまだ大切に思うか、慕っ
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