堀からたびたび使いが――と聞いて、宗七、人間が変ったように、活気を呈し、顔まで引きしまったのに不思議はない。
「うむ、そうか。川俣《かわまた》様からお呼びか。」
 と、きびきびした伝法《でんぽう》な口調――が、その眼がひとたび、そこにすわっている狂女へ行くと、お多喜の説明を聞きながらと見こう見していた宗七、やにわに、愕きのあふれる声で叫んだ。
「おお! あなたは田万里の――! あの、伴、伴大次郎の姉上――。」

     街の小鬼

「どうもとんだことがあったものだ。」
「先生がやられなすったとは、ほとんど信じられん。」
「一刀のもとに先生を殺《や》ったということだから、その相手の白覆面の曲者は、よほど腕の立つやつに相違ないて。」
 下谷の練塀小路、今は主の変った法外流の道場で、門弟たちが集り、わいわい話し合っている。
 大次郎と千浪が、法外先生の遺骨を守って下山し、江戸へ帰って半月ほどしてからで。
 武者窓から西陽のさす道場の板敷きで、またしても雑談に花の咲く話題は、いつも先師法外先生の最期の噂ときまっている。
 稽古後。
「それはそうに決まっておるが、なにしろ先生も御老体のことだっ
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