、毎朝、宗七の足どめを祈りに来ているのだった。
最後に、調子よく柏手を打ったお多喜が、くるりと踵をめぐらして社前を立ち去ろうとすると、
「ほほほほほ――。」どこか近くに、女の笑い声がする。
お多喜は、耳を疑って辺りを見まわした。
笑い声は、どうやら社の縁の下から響いて来るらしい。ぎょっとしながら、お多喜がそっちへ廻って、高い縁の下を覗いてみると――女が寝ているのだ。
「なんだい、お前さん。お乞食《こも》かえ。」
気味の悪いのをこらえて、お多喜はそう声をかけたが、女は、答えない。
向うむきに寝ているのである。
地べたに莚を敷いて、髪を振り乱し、垢《あか》とほこりに汚れた着物を着て、跣足《はだし》だった。
顔は見えないが、二十八、九、優形《やさがた》のようすのいい女なのだ。
「ほほほほほ、おかしいねえ。殿様が女に斬られたりしてさ。」
と女は、独り言をいって、また笑った。
さっきの笑いの出どころが、この女とわかると、お多喜はすっかり安心して、
「お前さん、何をひとりでぶつぶつお言いだえ。」
と覗きこんだが、今の、殿に斬られて云々《うんぬん》という言葉がちょっと耳に触って、
前へ
次へ
全186ページ中82ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング