、毎朝、宗七の足どめを祈りに来ているのだった。
 最後に、調子よく柏手を打ったお多喜が、くるりと踵をめぐらして社前を立ち去ろうとすると、
「ほほほほほ――。」どこか近くに、女の笑い声がする。
 お多喜は、耳を疑って辺りを見まわした。
 笑い声は、どうやら社の縁の下から響いて来るらしい。ぎょっとしながら、お多喜がそっちへ廻って、高い縁の下を覗いてみると――女が寝ているのだ。
「なんだい、お前さん。お乞食《こも》かえ。」
 気味の悪いのをこらえて、お多喜はそう声をかけたが、女は、答えない。
 向うむきに寝ているのである。
 地べたに莚を敷いて、髪を振り乱し、垢《あか》とほこりに汚れた着物を着て、跣足《はだし》だった。
 顔は見えないが、二十八、九、優形《やさがた》のようすのいい女なのだ。
「ほほほほほ、おかしいねえ。殿様が女に斬られたりしてさ。」
 と女は、独り言をいって、また笑った。
 さっきの笑いの出どころが、この女とわかると、お多喜はすっかり安心して、
「お前さん、何をひとりでぶつぶつお言いだえ。」
 と覗きこんだが、今の、殿に斬られて云々《うんぬん》という言葉がちょっと耳に触って、
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