い刀痕が十字乱れに刻まれて、まるで打ち砕かれた鬼瓦のよう――とは、大次郎、知らないのである。
が、いくらか察してはいるらしい。
「繃帯を取ったとて、鏡を見るとは言わぬぞ。」
「あれ、またあんなことを――では、おとりいたします。」
もう、仕方がない。床の上に起き上っている大次郎の背後《うしろ》に廻って、膝を突いた千浪、観念して布の結び目を解きにかかると、
「待て。待ってくれ、千浪。」悲痛な大次郎の声で、「拙者の顔がどう変っておろうとも、大次郎を想ってくれるそなたの心にかわりはあるまいな。」
千浪は一生懸命に、
「なにをおっしゃります。千浪は、遊び女ではござりませぬ。お顔によって、つくす誠に違いがございましょうか。なんという情ないお言葉――。」
「よし! その口を忘れるな。解け!」
顫える千浪の手で、繃帯は、ひと巻き二まき、ほごされてゆく。
やがて、眼の上の凄い刀痕が、ちらと見えてきた。
大次郎は、つと手を上げて千浪の手を押さえて、
「ま、待て――待て、千浪! もう一度訊く。拙者の顔がどんなになっておろうと、そちのまごころは変らぬであろうな?」
「あれ、また! おことばとも覚え
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