に秋が深まって、阿弥陀沢に霜柱の立った朝だった。

     転身異相画

 その法外先生が永遠《とわ》の眠りにつく時、枕辺の大次郎と千浪の手に、痩せ細った手を持ち添えて握らせ合い、
「改めて許す。今から、夫婦《めおと》じゃ。末長く、な。」
 千浪は、父の背に泣き伏して、大次郎の眼からも、大きな涙が、その、顔ぜんたい繃帯に包まれた上を滴り落ちる。
「泣くな、千浪。命数をまっとうして世を去るのが、なんで悲しいか――大次、女髪兼安と、道場を譲るぞ。千浪を頼む。道場を、な、道場をわしじゃと思って、盛り立てて行ってくれい。」
「先生! あの白の弥四郎頭巾の武士を、必ず捜しだして、きっと仇敵《かたき》を討ちます!」
「先生ではない。父と呼べ、父と――。」
「父上! お恨みは、この大次郎がきっと霽《は》らします。」
 女髪兼安の鍔を丁! と鳴らす。金打《きんちょう》して、耳もとに叫ぶと法外先生は微笑を洩らしたきり、それなり一言も口をひらかずに、逝《い》ったのだった。
 村人の手で、遺骸は荼毘《だび》に付した。お骨を捧げて、今日は明日は江戸の道場へ帰ろうと思いながら、大次郎の傷の癒えも進捗《はか》ば
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