は預けとくぜ。」
「お知り合いの方なのでございますか。」
「ふふん。」と大次郎は、遙か眼下の沢へ笑って、千浪へ、「いや、なんでもござらぬ。先刻追うて来る途中、ちょっと道で逢うただけのことで――それより、先生が心配でござる。だいぶん重傷《ふかで》のようでしたが――さ、急ぎましょう。」
二人は、手を取り合って、上の阿弥陀沢へ引っかえした。
不覚にも、女髪兼安が手近になかったためか、そして、出羽の刀が四足の血に滑っていたせいか、法外先生の傷は、思ったより深かった。
法外流を編みだした練塀小路の老先生が、あんなことで肩を割りつけられるようなことはないのだけれど――物の機《はず》みとでも言うのだろうか。
金創に霊験あるはずの猿の湯も、法外先生の傷にはきかなかった。
あの、白覆面の乱暴武士が、お猿さまを斬り殺したために、猿の湯は効能を失った――あみだ沢の里人は、ひそかにそう言い合ったが、事実そうなのかもしれない。
秋が来て、満山の紅葉燃ゆるがごときころ、老体の弓削法外はこの傷が因《もと》で、千浪と大次郎に左右の手を取られながら、にっこりと寂しく、息を引き取ったのだった。
それは、山々
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