を抜いて突き出した。
「おのれっ! やる気かっ!」
きものは一面に切り裂かれて、襤褸《ぼろ》を下げたような大次郎、かっとなって、抜身の兼安を取り直そうとすると、途端に、かれの眼が相手のさし出している小刀の斬《き》っ尖《さき》にとまった。
そこに、小さな刃こぼれが三つ並んでいるのは!――思い出す。
田万里の幼年時代に、佐助がこの刀で、森の立木を出羽守に見立て、めったやたらに斬り廻った時の疵《きず》あとだ。
「おお、江上――!」
思わず大次郎が叫んだ拍子に、そのわき差しをかざした文珠屋は、素早く、背後の沢へ身を躍らして――大次郎が駈け寄って、覗いた時、つづら笠と旅合羽は、傾斜に生えている木のあいだを、土煙りとともにずるずる踏みすべらして、谷底へいそいでいた。
あいかわらず、江上は――身が軽い――それにしても、あの風体で、今はどこで何をしているのか――大次郎は、苦笑を洩らしながら、
「文珠屋どのと言ったな。また七年後に、このうえの三国ヶ嶽で会おう。」
下へ向って、大きく叫んだ。
山彦の答えに混じって、佐吉の声が、かすかに上って来た。
「なあに、それまでに、今度は江戸で会わあ。娘
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