ぜたような、傷だらけの顔に、硬い微笑をつくって、片手に女髪兼安を引っさげたなり、前のめりに、佐吉の前へ来て立った。
いま文珠屋と言っている当年の江上佐助が、千浪を慕ってにわかに下山していることは、大次郎のあたまを去ったわけではないが、藤屋からあのお花畑までの途中、後にも前《さき》にも佐吉の影はなかったし、それに、佐助の佐吉が、こんな服装《なり》をしていようとは知らないから、大次郎は、行きずりの旅人と話しているつもりで。
「これが、眼に入らぬか。」
手の、大刀を振って見せた。
「大次郎さま、わたくしどうなることかと――それに、藤屋に、残っているお父さまの傷が気がかりで、肩を深く――。」
千浪が、気もそぞろに叫びながら文珠屋の手を離れて、大次郎のうしろに廻って立った。
「もはや大丈夫! これからすぐ藤屋へ引っかえしましょう。」
言いながら大次郎は、きっと、眼のまえの葛籠笠を覗き見て――山越えのやくざ者らしいがなぜ口をきかぬ?
「下らぬ真似を致すな。見逃してつかわす。果報に思え。」
言い捨てて、千浪を劬《いたわ》って立ち去ろうとすると、その大次郎の面前へ、文珠屋佐吉、すうっと脇差し
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