げに待ちかまえていて、来かかった千浪を、やっといきなり、横抱きに抱きかかえるが早いか、ほそい一ぽん路が反対側へ、ずっと木の間へ伸びている、そこを、佐吉、千浪の胴に片手をまわして急ぎだしたが。
「待たれい! 待てっ!」
うしろに、大次郎の声だ。今の野原では、むこうに小さく人かげが集《かた》まって、負傷者《ておい》に応急の手当てをし、下山の道をつづけるらしい。こっちへ来る気はいはない。
「待てというのは、わしかね? それとも、このお嬢さんかね?」
ぬけぬけと言って、文珠屋佐吉、樹の下の小径に振りかえった。
秋深く
陽は、高い。暑いのだ。文珠屋は、その陽のほうへ背を向けて、自分の顔を影にすることを忘れなかった。
が、そんな気づかいをしなくても、彼はつづら笠をかぶっている。また、その編目は粗《あら》く、なかの顔は透いて見えるけれど、大次郎は生死の血戦を経たあとで、蹣跚《よろめ》きそうに弱っているのである。笠の中の相手の顔になど注意を凝《こ》らす余裕は、なかった。
で、誰とも知らずの対応――。
「貴様も、その娘御を誘拐しようというのか。」
大次郎は、ざくろの果《み》のは
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