くないと、文珠屋佐吉、木の軒、草の深みを楯に、一行をつける大次郎を尾けて身を隠しながら、やっとこのお花畑まで来たので。
 すると、この乱闘だ。
 大次、いつの間にか腕を磨いて、おそろしい使い手になったものだ――と、われを忘れて見惚《みと》れていた文珠屋は、そのとき、わっと人声に気がつくと!
 逃げ出したのだ、千浪が。
 どういう隙があったのか、警戒の侍を振りほどいて、千浪が一散に駈け出している。
 血なまぐさい光景に失神しそうなのだろう。無意識に、懸命に走りだしたらしい。それが、裾を蹴りひらいて、転《こ》けつまろびつ、佐吉の伏さっているほうへ駈けて来るのだ。
「あっ! 千浪さま!――。」
 大次郎の大声がして、すぐ、左右を一気に斬り払い、と、と、とっと大次も、千浪につづいて走って来るのが見える。
「追うな! これ! 追うなと申すに! 雌蝶雄蝶だ。はっはっは、逃がしてやれ。」
 出羽守の笑い声が、ばらばらと後を追おうとする中之郷、山路、北らの足をとめた。一同は抜刀をぶら下げたまま立ち止まって、去り行く大次郎のうしろ姿を、じっと見送っている。
 こちらは、文珠屋佐吉だ。
 猛獣のように藪か
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