小さな人影が入り乱れて、血戦はつづいてゆく。花だけが静かに呼吸づき、雲は、移るともなく、すこしずつ流れている。
 この時である――。
 お花畑の隅の、山みちに寄ったほうに、一むらの灌木の繁みがある。その陰にそっと身を潜めて、葛籠笠を傾け、道中合羽の袖を撥ねて、さっきから憑《み》されたように、この斬りあいに見入っている人物がある。
 手甲《てっこう》脚絆《きゃはん》、荒い滝縞の裾高くはしょって、一本ざし――見覚えがある。
 文珠屋佐吉だ。
 かれ、三国ヶ嶽から下りて早朝に、藤屋へ宿をとったのだが、間もなく下座敷の侍の一行が、例のむすめを押し囲んでにわかに出発するもようなので、脱いだばかりの草鞋をすぐ穿き、ずっとおくれて後をつけて来たのだが。
 驚いた。
 尾《つ》けているのは、じぶんだけではない。
 山上に利七と会っているはずの大次郎――七年会わないあいだに、すっかり江戸風の、立派な若ざむらいになった大次郎が、押っ取り刀で、見え隠れに一同の跡を踏んで行く。そして、ほかにも誰か人を求めているらしく、きょろきょろあたりを窺っていくようすなので、これには何かわけがありそう――見つけられては面白
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