あござんせんが。はてな――。」
 けれど、いくら眺めわたしても、狭い山上は一眼である。人といっては、大次郎と宗七の二人きりで、思い出したように雨に濡れた小鳥の声――。
 陽は、もう高く上りかけて、三国神社の檐《のき》に、雨垂れの粒が七色にかがやいている。しいんと、耳を突き刺すような山奥のしずけさを破って、峰から峰へ濃《こ》みどりの風が吹いて渡る。
 大次郎は眼を返して、じっと宗七の顔を見つめていた。
「有森。いや、宗七どのか。拙者のことは後刻話すが、この七年のあいだ、貴殿は何をしておられたかな?」
 すると宗七は、もうすっかり芸人のふうが身に染《し》みわたっているに相違ない。まるで生れからの恋慕流しか、未知の武士の前へ出たように、おずおずと頸すじを撫でて、
「へえ、それがその、面目次第もげえせんので――七年前の今月今日、ここで旦那さま方に言いつかりやしたとおり、へへへへへ、あのお約束をいいことにね、江戸へ出で、精ぜい女狂いをしておりやすうちに、とうとう旦那、三味線ひきのお多喜って女に、取っ憑《つ》かれてしまいやして、まあ、旦那の前ですが、惚れたの腫れたのとへへへへへ、ま、そこらは御推量
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