? ははあ! 有森利七でげすかい。厭ですよ旦那、旦那もお人が悪い。そりゃあ昔のことで、今じゃ宗七――。」
「宗七?」
「へえ。れんぼ流しの宗七さんで。どうぞ御ひいきに――。」
「ふん!」大次郎は不愉快気に顔をしかめて、「変えたのは、名前だけではないようだな。貴公、心の芯《しん》から変ったようだな。」
 利七の宗七は、そぼ降る小雨のなかで、ぽんと一つ額部を叩いて、
「そ、そりゃ旦那、旦那の前ですが、女から女への七年間、いいかげん変りもしましょうさ。有森利七なんてえ野暮仁《やぼじん》は、もう、とっくのむかし死んだんで、ここにこうしておりますのは、吉原《なか》から遠く深川《たつみ》へかけて、おんなの子を泣かせる恋慕流しの宗七さま、へへへへへ。」
「見上げたものだ。」ふっと眼を外らした大次郎、「江上はいかがいたしたのであろう。あの佐助が、きょうの会合を忘れるはずはないが――。」
 と言った顔には、遣り場のない淋しさが、大きく描かれてあった。

     草の文

「さようでげすな。」
 宗七は軽薄な表情で、わざとらしくそこらを見まわしながら、
「あの江上の先生が、今日という日をすっぽかすわきゃ
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