「へっ! こりゃあ伴の若旦那で――どうも、あいすみやせん。長らくお待ちになりやしたか。」
という声とともに、一人の町人体の若い男が、その小みちを上って来る。
山がけの旅とも見えず、万筋《まんすじ》の浴衣一まい引っかけたきりで、小意気なようすに裾を端折り、手に、約束のつづら笠を下げているのだが――水の撥先をぱらり捌《さば》いた小銀杏《こいちょう》の髪に、鼻すじの通ったあお黒い顔、きりっと結んだ口、いかにもおんな好きのする面立ちは、忘れもしない、たしかにあの田万里で、一しょに小川の目高《めだか》を掬《すく》って幼い日を送った有森利七である。
が、しかし、なんという変りよう!――着つけから身のこなし、ことばの調子、顔まで、もうすっかり町人――というよりも、芸人としか見えないのだ。ひとりの人間が七年間に、こんなに変りうるものかと思うくらい。
懐しさが先に立って、大次郎はまだ、相手の変化に気がつかないらしく、
「おお利七! やっぱり来てくれたか。貴公も、この七年目の約束は、忘れなかったのだな。」
と、登って来る利七に走りよって、手を取らんばかりにすると、
「いえ旦那、もったいない!
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