銘めい葛籠笠を引きつけて――。
自然は、変らない。人事は走馬燈のように、あわただしく移りかわるが。
七年の歳月は、当年二十歳の三人を二十七にし、伴大次郎を法外流の名誉、下谷の小鬼に変えた。そして今は、あの、この三里下の山腹、あみだ沢の藤屋に自分の帰りを待ち焦れているであろう千浪様というものを有つ身である。
だが。
変らないのは、石と木と草と、神社だけではない。
大次郎もあのときと同じに、この国標の三角石に腰を据えて――七年のあいだ、ちっとも変らなかった景色に見える。
待っているのだ。煩悩の他のふたつ、金と女を追って七年。前に下山した佐助と利七を――。
来るかな? と思う。
来る! くるにきまっている!
と大次郎が、小雨を相手に独り言を洩らした時、勘治村《かんじむら》、道士川《どうしがわ》と越えてくる甲斐すじの登り口から、りょうりょうと一節の、何の煩悩もないような今時花恋慕流《いまはやりれんぼなが》しの唄声が、上がって来た。
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「君は五月雨《さみだれ》
思わせぶりや
いとど焦るる
身は浮き舟の――。」
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