墟があるので。
灰色の雲の去来。それが、起伏する連峰をひと刷《は》けに押し包んで、山肌に、ところどころ陽が照っている――明方の日照り雨。
雨は、まだ降っているのだ。お山荒れは、どうやら納まったらしいが、こまかい糠雨《ぬかあめ》が、山をひとつに抱いて、しとしと、しとしと、と。
それに、時どき、風さえ横なぐりに――神社のまえの三角地の中央に、高さ一尺ほどの三角形の石が立っている。
三国ヶ嶽国境の石なので、三角の面に、それぞれの方角へ向けて甲斐の国、するがの国、相模の国と彫ってある。
いつの時代、何人の置いたものか、石は、千古の三国荒れに揉まれ抜いて三角の角は摩滅《まめつ》し、青苔が蒸して、彫ってある文字も定かではないが、三つの国は三つの線を描いて、この石のところで出合っているわけ。
お社の、格子づくりの扉をぴったり閉じ、奉納の絵馬の一つふたつ――黙念として春風秋雨の七年間、この今朝の三人の会合を待っていたかのように。
約束の場所である。伴大次郎と、江上佐助と有森利七と。
起誓の三角石である。七年前に別れる時も、大次郎はこの石に腰うちかけて若い二人の友と話し込んだものだった。
前へ
次へ
全186ページ中55ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング