人くっついておるだけじゃ。ぐずぐず言えば、おれが行って、首根っこに繩をつけてひき下ろして来る。」
「しかし、世にも艶《あで》やかなる娘じゃわい。」
「彼娘《あれ》に眼をつけるとは、殿もまた、持病が出たらしいぞ。えらい騒ぎにならねばよいが――。」
「なにを、分別らしいことを言う。さわぎと申したところで、父親をひっ掴まえて谷間の杉へでも、吊るし斬りにしてしまえば、後はこっちのものではないか。」
「そうそう! 殿のおあまりを順に頂戴して、あはははは。」
 この一行は、もうかなり長く藤屋に滞在しているのだけれど、この乱暴に恐れをなして、宿の者は、誰も近づかないのだ。
 夜も、更けている。
 雨の音と、咆哮する風と――母家のほうはすっかり寝しずまったらしく、男衆が一人、そっと土間を片づけにかかっているだけ。すると、その時である――。
「江戸下谷、練塀小路、法外流剣法道場主、弓削法外の贈り物じゃ! ありがたく取っておけ!」
 梯子段《はしごだん》の上に大声がして、一同は振り仰ぐ。
 声がするのみ――声の主の姿や顔は見えないが、広間の連中、何事? といっせいに見上げた。その面上へ!
 ぱら、ぱらっ!
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